他人の人生を考える

私に仕事の心構えを教えてくれた叔母が肝臓癌で余命宣告をされました。79歳です。

 

本日は、身内の繰り言と笑われることを承知でつぶやこうと思います。

 

光

30代の頃から会社を経営していた叔母は、誰にも迷惑を掛けず、好きなように生き、仕事も遊びも常に全力でした。そして、生涯独身を貫いた彼女は、私を小さい頃から実の子どものように可愛がってくれました。

 

 

今、彼女は最後の人生をどう過ごそうか考えています。

医師からは、自宅に帰ることは寿命を縮めることになると言われ、緩和ケア病棟を有する病院への転院を勧められていますが、それでも叔母は、自宅に帰りたいと言っています。

 

何が正しいのかは、誰にもわかりません。

きっと本人もわからないと思うのです。

葬式のあり方について、最近私と叔母の間で度々増えてきました。叔母は「未だに遊び足りない」と嘆き、生前葬をしたいと言い始めたのです。

死ぬ前にたくさんの人と会いたいと言っているのです。

叔母に会いたがっている人からも、私のところに連絡があります。

 

葬式は残された人のためにするのか、去っていく人のためにするのか、私にはまだ答えは出ていません。

叔母の葬式をどうするべきか、最後の人生をどう過ごさせてあげるべきか。

雲

 

生命保険の仕事をしていると、葬式の必要性について、見込客と話し合うことも多々あります。

 

そして、『生命保険という制度』には余命6ヶ月と宣告されたら先にお金が受け取れるというサービスがあります。

このサービスは、1980年代にHIVで余命宣告をされたあるカナダ人の一言から生まれました。『死んでからお金をもらっても仕方がない。生きているうちにお金をもらえれば、親にも感謝の気持ちが伝えられる。やりたいことも生きているうちに出来る。』その言葉をもとに『生きているうちに、したいことに充てるためにお金を届ける』という意義からアメリカで初めて導入されました。

 

日本でも1992年にリビングニーズ特約の取り扱いが導入されました。

このサービスは『生きているうちにお金を何に使うか』ということを考えさせられます。

 

リビングニーズ特約によるお金を利用して、

自分が生きている間に、子供たちが成人するまでの約10年分の誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを百貨店の外商に予約をした母親がいます。

 

余命を宣告された70代のご主人に、かなり高価な釣り具(ご主人の趣味)を買って、ご主人を勇気づけた奥様もいます。

 

全国から友人を集めて、盛大にパーティーをした方や、最後の思い出に家族で旅行に行かれる方もいます。

 

自分の葬式を生きているうちに、葬儀やさんと打合せをし、先にお金を払ったお父さんもいます。

 

ある程度託された私は、叔母のために何をしてあげたらいいのか、今何にお金を使うべきなのか、それなりに責任を感じています。それは、叔母の意思を通して、余命を縮めさせてでも退院させるか、それとも緩和ケア病棟で彼女の人生を全うさせることは本当に不可能なのか。

 

お金が全てでないことはわかっているつもりです。しかし、どんな選択肢を取っても、お金が付きまといます。

 

生命保険が必要なのではありません。生きていくためにお金が必要なのです。そのお金を生み出す手段として、生命保険という有効な手段があるのです。

ですから、生命保険は強引にお勧めするものではないのです。人の生き方に耳を傾け、自分の生き方を真剣に考える。

そして、生きていくためにどんなお金の使い方をするのかを話し合い、そのお金を生み出す手段として生命保険があるのだと堂々と伝えていくこと。

そんなことが大切なのだと思います。

 

死を受け止め、まだ自分の生き方を貫き通そうとする叔母から、私はまた色々なことを教わります。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

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