余命について

私が独立しようと決めたのは、あるホスピタルクラウンさんの話しを聴いたのがきっかけです。

クラウン業とは簡単に説明すると、道化師のこと。

日本では職業としてあまりメジャーではないかもしれませんが、アメリカではハリウッド俳優やオペラ歌手並の地位らしい。

道化師

 

その方は、何度か世界チャンピオンになった経験のあるクラウンさん。

その方がクラウン業を目指して、会社を辞めるときに、「僕の人生はあと50年あるかもしれない。あと1日かもしれない。いずれにしても、僕にはたっぷり時間がある。だったら、やりたいことをやろうって決めたんだ」この言葉に心を動かされました。

その翌営業日に辞表を出しました。

 

 

「人生あと1日しかないと思えば…」とはよく聴きますが、「人生あと1日もあると思えば…」と言った人は初めて出会いました。

 

 

 

さて、生命保険の仕事は、他人の人生に関わる仕事だと私は思っています。

だから、この仕事をする上で、仕事観や職業観はもちろん、死生観を持つことも大切だと思っています。

人はなぜ死ぬのか?ではなく、人はなぜ生きるのか?

人生で何を成し遂げたかよりも、今、どう生きるか。

風船

そして、本気で生きていくためには、お金は必要です。

生命保険は余命6カ月と宣告されたら、お金が支払われます。

 

それは何のためのお金なのか?

何に使うことが、幸せなのか?

 

自分の人生の最後の日がわかったら、自分は何をするのか?

 

もし余命を宣告されたら、誰と何をしたいか?

老夫婦

そんなことを考えることは、この仕事をする上で、とても大切だと思います。

 

 

話は変わりますが、先日、小説「君の膵臓をたべたい」を読みました。

久しぶりに小説を読んで、涙を流しました。

 

この小説を読んで、感じたこと。

たとえ、病気で医師から余命宣告をされていたとしても、平均余命が計算されている以上、ある意味、全ての人が余命を宣告されているようなもの。にも関わらず、宣告された余命の年月とは無関係に、全ての人が人生はあと1日なのかもしれません。

 

その1日かもしれない人生を、「1日しか」と思うか、「1日も」と思うがで、やりたいことの発想は変わるのかもしれません。

 

 

今日も、焦らず、自分がやるべきことや、やりたいことに集中します。

 

 

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